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カラオケ行って、今かえってきた。

夜勤あけてからそのまま寝ずに妹と会ってました。
ごはん食べたりドライブしたりして、それでそのあとカラオケ。
実質2日オール(笑)

色々話しました。
妹の大学のサークルの事とか、
私の近況とか。抱き枕の件も報告。
なんでも話せる姉妹ってありがたい。しあわせ。

今日は9時半から病院なので、今からちょっとでも寝なければ。
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02.19 (Fri) 03:53 [ 日々 ] CM2. TB0. TOP▲
なかなか前には進めてないもんだ。
生きてるんだから仕方ないね。

とりあえず、抱き枕のひととの次回の約束完了。
日程はシフト次第。
チョコの賞味期限だけちゃんと確認しとかなきゃ。
うちに来たいって行ってるから、部屋の掃除もしとかなきゃね。
02.18 (Thu) 04:52 [ 日々 ] CM2. TB0. TOP▲
嫌悪感って、こういうことなんですね。





一度だけ会ったマイミクの人からしつこく着信、メール。

「次はいつ会える?」

もう会う気なんか無い。
もともと会うのだって一回だけってことだったし。


向けられている感情は、明らかに「好意」。

基本的に、プラスの感情っていうものは好きなんだけど、今回ばっかりは別だわ。耐えられん。

「好意」をこんなにも気持ち悪く思うなんてね。
人としてきっと最低なんでしょうけど。

どうにかして縁きりたい。
すごく失礼なことを言っているのは承知の上ですよ。
けどほんと、なんか、嫌悪感しかない。
もうやだ、しんどい。

とりあえず、2月中は忙しいから無理ってメールしといたけど、それでもお構い無しに電話かかってくる。
電話には出ずに、メールでどうしたんですか?って聞いても、
「ちょっと話したくて♪また電話するね~」
とかもうね。
勘弁して。私べつに話したくないから。ほんと電話かかってくるのが苦痛でしょうがないから。
私こんなことばっかり言ってるからだめなんだろうなぁ
汚い感情しか生まれてきませんよ。駄目人間ですよどうせ。
もう駄目でいいからクズでいいからほっといてくれよ













こないだ抱き枕になってきた人に、うっかりチョコを渡しそびれた。

折角買ったのに。

いつか時間つくってもらわなきゃ。
02.15 (Mon) 22:08 [ 日々 ] CM2. TB0. TOP▲
ゆうべは放浪の旅に出てました。
多分、深夜2時くらいまで。
歩いてちょっと遠くまで行ったよ。
真っ暗で、人いなくて車すくなくて、
風が冷たかったけど、心地良かった。





その後は、抱き枕になってきました。



なんでいきなりあんなことになっちゃったんだろ(笑)
よくわかんないですけど。
ぎゅーってされてきたよ。


ぎゅーってされるの気持ちよかった。
あったかくて、ちょっと泣きそうだった。
本当、久しぶりの人肌でした。


朝は、ごはん作ってくれた。
お味噌汁おいしかった。
しかも家の近くまで送ってくれた。


迷惑かけちゃったな。
申し訳なかったな。

けど、「またおいで。」って笑ってくれた。
なんであんなに優しいのかな。
02.13 (Sat) 00:24 [ 日々 ] CM4. TB0. TOP▲
20100212021339.jpg
こんな時間にこんなとこで、わたし何してんのかなぁ
02.12 (Fri) 02:15 [ 日々 ] CM2. TB0. TOP▲
2月5日、

勤務時間中、入居者さんの最期に遭遇しました。



最近、体調を崩していた入居者さん。
家族の方が居室に宿泊して、様子を看てくださっていた。
延命はせず、施設で看取って欲しい。という要望があり、その方向でケアをおこなっていた。

夕方、居室からナースコール。
あれ、どうしたのかな。点滴おわったのかな?と思ってコールを取る。
「はい、どうされましたか?」

「お父さんの呼吸が、とまったんです。」

たまたまステーションにナースが居たので、コールのを伝え、居室へ走る。
え、だって昼にバイタル計ったとき反応あったじゃん。笑ってたじゃん。
なんで、え、家族の勘違いじゃないの?止まったように見えて一寸の無呼吸とかじゃないの?
色々な考えが頭を巡った。

居室に入り、様子を確認。
ナースが対応。サーチ計れない。動脈触れない。
喉見る。どう見ても呼吸してない。
ナースが入居者さんの体勢をかえる。反応は無い。体は動かない。
喉から、少しだけ音が漏れた。それだけ。

家族の方のことば
「どうにか、ならないんですか?どうにか、」


看取り対応ということで、ドクターに言っても延命措置はできないということを家族の方に伝える。
でも、どうにか、何か、できないんですか?
家族の方の言葉は続く。

ナースの指示を受け、家族の方を別室へ案内する。

少しして、ナースから連絡。
「ドクターが確認しました。 永眠されました。」


てきぱきと死後処置がおこなわれて、家族さんが何人か来られて、
あっという間に、お見送りの準備が整ってしまった。





ちょっとだけ泣いた。
仕事まだいっぱい残ってたのに、トイレに隠れて泣いた。

それからまた仕事した。
他の入居者さんがいっぱいいる。
彼らの時間は止まっていない。
いつもどおりの夕方。晩ごはん。
ごちそうさま、おいしかったよ、おやすみなさい、あんたも大変じゃねえ、
そんな言葉に笑顔で応える。
余計むなしくて、なんだか余計、自分がみじめだった。


仕事終わって家に帰って、またちょっと泣いた。











家族の方の言葉が、母の言葉と重なった。

まだ私が小学生の頃、家族で車に乗っているときに、人身事故の現場に遭遇したことがある。
事故の瞬間ではなく、事故後。
救急車が到着する前だった。

道路に横たわる女の子。
まだ布すら掛けられていない。
転がっている自転車とか、
周囲に散っていた、具体的に何とは言わないけど、ものとか、が、すべて見えた。

その時の母の、父への言葉。
「何とかしてあげれんのん?何とか、何か掛けてあげれんのん?何かしてあげれんのん?」


事故のことは、翌日の新聞に小さく載っていた。
信号のない横断歩道を自転車で渡っていた女子高生に、前方不注意のトラックが突っ込んだらしい。
女の子は即死だったという。






いままで経験した、身近な人たちの死を思い出して、もっかいだけ泣いた。

02.06 (Sat) 02:34 [ 日々 ] CM0. TB0. TOP▲
そろそろほとぼりもさめたし、書いてもいいよね。

かなり前のことですが、自己満足の為に書きます。



8月22日、恋人に振られました。
理由は、元彼に、他に好きな人ができたからです。
7月はじめくらいから、ずっと気付いてたのに黙ってました。
向こうが言ってくれるのを待っていました。
今までずっと、「他のひとのことを好きになったりしたらちゃんと教えて。」と、お願いしていたからです。
最後くらい、そうやって誠意を見せてくれるだろうと思ってたのですけど、私が甘かったですね。
結局私が肝心なとこまで聞かないと、答えてくれませんでした。


何もする気が起きませんでした。
でも、職場で大きな行事を任せていただいていて、それが9月にあるということで、休まず仕事には行けていました。

食事はもちろん喉を通らず、眠剤を飲んでも満足に眠れないという状況でした。
ひとりでいることに耐えられず、友人を家に呼んだり、逆に友人の家に泊まりにいったりしながら生活していました。
どうしても予定があわず誰もつかまらない時は、泣きながら妹に電話をしたり、お酒や眠剤を飲んで、少しでも眠ろうとしていました。
それでもがんばっていました。


9月20日、職場で担当していた行事が無事に終了しました。

そのあと家に帰ったところまでは覚えているのだけど、それ以降の記憶がぷっつり。

どうやら安定剤や睡眠薬を大量に飲んで、腕を切りまくって、友人に電話したらしい。





「いま居る場所」が「はっきり」わかったのは、22日。
実家で母に食事介助してもらっている自分に気付いた。








あれ、ここ実家だよね?なんで え、いつから、ていうか今いつ?
妹もいる。どしたのかな  どうしてお粥食べさせてもらってるのかな 自分でたべれるよ
体がおもい 腕が上がんない。なんで?








どうやっても断片的にしか思い出せない。
妹と、20日に呼び出した友人に話を聞いても、全部思い出せない。繋がらない。



友人に聞いた話。

夜遅くに急に電話をかけ、来て欲しいと言ったということ
持っていた薬を全部飲んだということ
(でも自分では「薬を6錠飲んだの。」と言っていたらしい)
薬を入れていた缶は「もういらないの」と言って殴りつけて潰したということ
カミソリで腕を切っていたこと
(今までの切り方と全く違っていたので、後で腕を見て自分で驚いた。)
玄関まで出て友人をきちんと出迎えたということ
友人に、「何でいるのぉ??」と何度も聞いていたということ
(何度かうとうとして、起きて、その度に聞いていたらしい。)
そして翌朝起きて、今度は痛み止めの市販薬を出して飲み始めたらしい。

流石にまずいと思った友人は、ここで救急車を呼ぼうと119に電話。
救急隊員「緊急ですか?」
友人「あー……えっと、違います」

意識もあって受け答えもするが、明らかに酩酊状態であることを救急隊員に伝えたら、休日診療をしている病院を教えて下さったとのこと。
そして私に対し、「家族のひとに連絡してもいい?」と聞き、
私は、「いもうとがいい。」と言ったらしい。覚えてない。
妹に電話をかけたが繋がらず、友人は「お父さんに連絡するよ?」と言い、
私は、「うん。」と言ったそうです。

そして父と、たまたま一緒にいた妹がうちに来て、
妹がわたしをおんぶして、車に乗せてくれたそうです。
おんぶされた記憶はちょっとある。



ここから妹に聞いた話。

病院では、きちんと受け答えしていたらしい。
今までの流れとか、薬をどれくらい飲んだのかとか。
あと、途中から母が合流していた。いつの間にか。
全く覚えてないんですけどね。

診察を終えて、家に帰る。友人が待っていてくれた。(部屋にある私の漫画読みながら。まじ緊張感なくてうける。)
父は私の職場へ行き、「体調を崩したのでしばらく休ませて下さい」と言ってくれたそう。

荷物を簡単にまとめて、実家へ帰り、私は寝たり起きたりしていたらしい。
そして22日の朝、職場の施設長から電話。今から話が聞きたいとのこと。
私は「あー、いいですよぉー」と答え、電話を切ったらしい。
何でいいって言ったのかと、父に少しおこられた。というか、呆れられた。これは少し覚えてる。

そして施設長が実家に来てくださり、話をしましたと。
(正直これもあんまり覚えてないんです。施設長ごめんなさい。)
事情と現状を伝えると、
「今回のシフト分(10月15日迄)は、しっかり休みなさい。」という、ありがたいお言葉を頂く。



そして休んでいる間に新居を決め、買い物をし、体を休めて、腰まであった髪を肩上までばっさり切り、
薬飲んでもうろうとしている間になにをしていたのか、友人に聞いて、記憶をちょっとずつ埋めて、
引越しをして、家具も家電もすべて移し変え、新居の生活環境が整い、

そんなことをいろいろしてたら、休みは終わっていました。


10月16日から、職場復帰。
皆様はあたたかく迎え入れて下さった。




そして今に至ります。

こんな感じ。自己満足の為だからまとまりは無いけど。
吐き出したかっただけ。
02.01 (Mon) 19:46 [ 日々 ] CM0. TB0. TOP▲
  
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